犬養毅が村井保固に贈った送別文(明治12年)。若き商人への熱いエールとは?

明治初期、日本からアメリカへ渡ることは、今以上に大きな決断でした。
とくにニューヨークのような“世界の大都会”へ向かう若者にとって、その挑戦は命がけと言ってよいほどの冒険でした。

明治12年(1879)、村井保固が渡米する際、
同じ慶應義塾の学友であり、のちに首相となる犬養毅が一篇の漢文の送別文を贈りました。

この文章には、
単なる友人の激励を超えた、
「近代国家の未来を担う人物への期待」
が込められています。

この記事では、
送別文の全文(原文)、現代語訳、そして詳しい解説を紹介します。


■【原文】『紐育村井君序』

「村井保固伝」より

<漢文書き起こし>

紐育村井君序

維有天下之大河也
前則大河之長波叢叢
所以養天下之平原
水後之利於是乎在矣

四方之商賈萬国之貧負
總競利共困於貧富之常理
必能利衆則免於累
何常理之不可恃也

比之大都之興然
以財氣能大其所施用
有大都矣 何人材能奈之
不過大都何所施用

有大都矣 不過人材能奈之
天下之大都有待於天下之大都
而天下之大都以材能博達之士也

嗟友村井
君能博逹之士也
余誠保君能博逹之士也

今茲商事遠行維昔
小都之商猶往往於城危疑難避
義塾積年學成
今茲商事遠行維昔
又未之而氣力徒洒涙
其見機也速

其聞相去避其面所致之者
不甚其人材能如何自已
雖然多々資額與解釋如何攸

是以村井君勉乎
勿然落志
将何求干大都耶

抑大都奈君何耶
臨別造此言聊以规

明治十二年九月二日
  扈交犬養毅再拝


ニューヨークへ赴く村井君への序文(犬養毅)

この世の大河は、はじめは草原の小さな流れにすぎない。
しかし前へ進むにつれ、大きな波を立て、広大な平野を潤す。
そこにこそ大河の恩恵がある。

世界じゅうの商人や、富む者・貧しい者は、
互いに利益を求めて争っているが、
人々が等しく利益を得られるようにできれば、
その苦しみを免れることができる。

大都会の興隆も同じである。
そこには財力と人材が集まり、大きな事業を動かす力がある。

大都会があっても、それを活かす人材がいなければ意味がない。
そして、大都会でなければ成せないことも多い。

天下の大都会は、それを活かすだけの器量を持った人物を待っている。
その人物とは、広い知識と識見を備えた者である。

ああ、友である村井君よ。
君こそ、そのような人物である。
私は心から、君が必ずその才覚を発揮すると信じている。

これまで小さな町での商いには、
危険や困難も多くあった。
しかし今、君は長年学んできた学問を胸に、
遠い商いの旅に出る。

まだその道を知らぬうちから涙を流す必要はない。
機会というものは意外なほど早く訪れるものだ。

目の前の状況に押されて、自分の力を疑う必要はない。
たとえ資金や困難が多くとも、
必ず切り開く道はある。

だから村井君よ、どうか志を失わないでほしい。
大都会に挑まずして、何を求めようというのか。

いや、むしろ 大都会のほうが、君を必要としているのだ。

別れに際し、ささやかながらこの言葉を贈る。

明治12年9月2日
犬養毅


■【解説】犬養毅と村井保固 ― 若き日の友情と期待

この送別文だけでも、犬養と村井の関係がよくわかります。


二人は東京の義塾で共に学んだ“学友”

文中にある「義塾積年學成」から、
二人は同じ学び舎で長年を過ごしたことがわかります。

犬養毅は当時、まだ20代の青年。
村井保固はその少し年下ですが、
すでに将来を嘱望される存在だったのでしょう。


犬養が村井を「広い識見をもつ人物」と高く評価

何度も繰り返される「博達之士(広い知識と識見をもつ人物)」。

犬養は村井を単なる友人ではなく、
「日本の未来を担う商人」
として期待していました。

のちに村井保固は森村ブラザーズで大活躍し、
ニューヨーク日本社会の中心人物となります。

犬養の言葉はまさに“予言”となったわけです。


犬養の“近代国家観”がにじむ文章

「大都会は、有能な人物を待っている」
「多くの人々を益することが商業の本質」

これは明治期の啓蒙思想・近代経営論とも通じる思想で、
犬養毅の政治家としての価値観が色濃く現れています。

友人への激励でありながら、
国家の未来を語る文章でもあるのが特徴です。


ニューヨーク行きは、若者の人生を賭けた大冒険

明治12年当時、ニューヨークへの渡航は危険も多く、
資金調達も困難、情報も乏しい時代でした。

犬養は文章の冒頭で“大河の源”の比喩を用い、
村井の挑戦を 「小さな流れがやがて大河になる」 と鼓舞しています。


■【まとめ】

この送別文は、
明治初期の若き知識人たちが、世界へ挑もうとしていた瞬間を切り取った非常に貴重な史料です。

村井保固はこの言葉を胸にニューヨークへ渡り、
森村ブラザーズの発展に大きく貢献します。

犬養毅が生涯持ち続けた
“人材への信頼” “国を越える志”
の原点がここにあります。

上部へスクロール